育児休業を巡る法的背景と企業実務の変遷
「2025年の法改正で、育休中の手取り額はどう変わる?」「社会保険料の免除や住民税の徴収など、事務手続きが複雑で自信がない」
こうした育児休業(育休)に伴う実務の悩みは、多くの中小企業経営者や人事労務担当者が直面する大きな課題です。
少子高齢化が進む中、2022年の「産後パパ育休」導入に続き育休制度は今、大きな転換点を迎えています。企業側には、休業中の無給(ノーワーク・ノーペイ)原則を守りつつ、社会保険料の免除申請や複雑な給付金手続きを正確に行う、より高度な実務対応が求められています。
本記事では、社会保険労務士の視点から、育休中の給与計算の基礎から2025年の最新法改正への対応まで、実務担当者が押さえるべきポイントを網羅的に分かりやすく解説します。
育休中の給与計算の基本:給料は出る?出ない?
育休中の給与は各社の就業規則によりますが、日本の法律上は「無給」が原則です。
この原則を正しく理解し、休業前に従業員へ丁寧な説明を行うことが、後のトラブルを未然に防ぐ重要なポイントとなります。
まずは自社の規定と法的根拠を整理し、従業員の不安を解消できる体制を整えましょう。
原則として給与は支給されない(ノーワーク・ノーペイ)
育休中は「ノーワーク・ノーペイの原則」に基づき、給与を支給しないのが一般的です。
会社独自の手当を設けることも可能ですが、大半の企業では「無給」と規定した上で、雇用保険の給付金で所得を補填する形をとっています。
従業員の不安を払拭するため、就業規則への明記はもちろん、「会社からの給与はないが、国から給付金が出る」仕組みを丁寧に周知しましょう。
給与明細の発行は必要?
育休中で支給額が0円の場合、明細の発行を省略しがちですが、実務上は発行(通知)を継続するのが適切です。
給与明細は単なる金額の通知だけでなく、「社会保険料が免除されていることの証明」や「住民税の控除状況」を伝える重要な役割を果たしているからです。
所得税法第231条においても、給与支払者は支払明細書を交付する義務があると定められています。
たとえ実績が0円であっても、「支払金額0円」として明細を発行することで、市区町村へ提出する給与支払報告書との整合性を保つことができます。
特に住民税を会社が立て替えている場合などは、控除額を正確に記載することで、復職後の給与精算におけるトラブルを防ぐことにもつながります。
企業のコンプライアンス遵守と従業員の安心感を担保するためにも、毎月の明細発行を徹底しましょう。
育休中の給与計算で「控除」はどうなる?3大項目の処理
育休中の給与実務において、担当者が最も注意すべきは「控除項目」の取り扱いです。
特に「社会保険料」「雇用保険料・所得税」「住民税」の3グループは、休業中のルールがそれぞれ全く異なります。
- 社会保険料:申請により、本人・会社負担分ともに「免除」されます。
- 雇用保険料・所得税:支払額に対して発生するため、給与が0円なら「発生しません」。
- 住民税:免除制度がなく、休業中も「支払い義務」が続きます。
これら3つの違いを正しく理解しておくことが、ミスを防ぐだけでなく、従業員へのスムーズな説明にも繋がります。
1. 社会保険料(健康保険・厚生年金)は「免除」
育児休業期間中は、本人負担分・会社負担分の双方の社会保険料(健康保険・厚生年金)が免除されます。
この期間は保険料を支払わなくても「納付したもの」として扱われるため、将来受給する年金額が減ることはありません。
従業員にとっては、経済的負担を抑えながら保障を維持できる非常に大きなメリットです。
免除を受けるには、会社が日本年金機構や健康保険組合へ「育児休業等取得者申出書」を提出する必要があります。
免除の対象期間は、原則として「育児休業開始日の属する月から、終了日の翌日が属する月の前月まで」です。
月末の休業か否かによって免除の可否が変わるケースもあるため、実務担当者はスケジュールの把握と書類提出が求められます。
| 免除項目 | 判定基準 | 備考 |
|---|---|---|
| 月額保険料(月末時点) | 月末時点で育休を取得している場合 | 1ヶ月に満たない短期間でも適用 |
| 月額保険料(14日以上) | 同一月内に開始・終了し、14日以上取得した場合 | 2022年10月改正により新設 |
| 賞与保険料 | 賞与月の末日を含み、連続1ヶ月超の育休を取得 | 暦日で判定。1ヶ月ちょうどは不可 |
2022年の法改正により、賞与にかかる社会保険料の免除要件は「連続して1ヶ月を超える休業」へと厳格化されました。
ここで実務担当者が最も注意すべきは、暦日による厳密な期間計算です。
例えば「12月16日から1月15日」までの休業は、民法上「ちょうど1ヶ月」と判定されるため、賞与保険料の免除対象にはなりません。
免除を受けるには、翌日の「1月16日」まで、つまり1ヶ月+1日以上の取得が必須となります。
このわずか1日の差が、労使双方の負担額(数万〜数十万円単位)に直結します。
取得期間の設定ミスは従業員への大きな不利益となり、トラブルに発展しやすいため、カレンダーを確認しながら細心の注意を払って判断する必要があります。
2. 雇用保険料・所得税は「0円」
雇用保険料と所得税は、実際に支払われる賃金に対して算出されます。
そのため、育児休業中で会社からの支給額が0円であれば、これらの控除も自動的に0円となります。
また、国から支給される「育児休業給付金」は非課税所得のため、所得税や雇用保険料の計算対象には含まれません。
給与明細上の計算は「支給額0円 × 料率 = 0円」と非常にシンプルです。


ただし、復職直後の給与で「休業前に発生した残業代」などを精算するケースには注意が必要です。
その精算分は課税対象となるため、支給項目がある場合は通常通り計算を行う必要があります。
3. 住民税は「支払い義務あり」【要注意】
社会保険料とは異なり、住民税には育休による「免除制度」がありません。
住民税は「前年の所得」に対して課税される後払い方式のため、休業中で収入がなくても納税義務が継続します。
ここが実務担当者と従業員の間で最もトラブルになりやすいポイントです。
給与天引き(特別徴収)ができない育休中は、一般的に以下の3つのいずれかで対応します。
- 普通徴収への切り替え:会社が手続きを行い、従業員自身が納付書で直接支払う方法。
- 一括徴収:休業直前の給与から、5月分までの残額をまとめて天引きする方法(1月〜5月に育休開始する場合)。
- 会社による立替払い:会社が自治体へ納付し、復職後の給与等から精算する方法。
特に「立替払い」を行う場合は、未回収リスクを防ぐためにも「立替金返済承諾書」の締結が不可欠です。
「住民税は免除されない」という事実と、具体的な支払い方法について、育休開始前に書面で相互確認しておくことが円滑な労務管理の要となります。
従業員の収入源「育児休業給付金」の計算方法
育休中の従業員にとって、唯一の安定した収入源となるのが、ハローワークから支給される「育児休業給付金」です。
担当者は従業員から「いくらもらえるのか」と問われる機会が多く、その計算ロジックを正確に把握しておく必要があります。
計算式:休業開始時賃金日額 × 支給日数 × 67%(または50%)
育児休業給付金の支給額は、以下の計算式で算出されます。


給付率は、休業期間に応じて以下の2段階で設定されています。
- 休業開始 〜 180日目まで:67%
- 181日目以降 〜 終了日まで:50%
さらに2025年4月からは、産後の一定期間(28日間)において、給付率を80%に引き上げる新制度が導入されます。
社会保険料の免除と合わせることで、実質的な手取り額が休業前の「10割相当」となる画期的な支援策です。
ただし、この特例には「両親ともに育休を取得する」などの適用条件があるため、正確な要件確認が欠かせません。
「休業開始時賃金日額」とはどの給与を指す?
給付金の基礎となる「休業開始時賃金日額」は、原則として休業開始前6ヶ月間の賃金総額を180で割った金額です。
この賃金には基本給に加え、残業代、通勤手当、役職手当なども含まれますが、ボーナス(賞与)は除外される点に注意が必要です。
| 区分 | 該当する主な項目 |
|---|---|
| 含まれる | 基本給、残業手当、通勤手当、住宅手当、役職手当 |
| 含まれない | 賞与(年3回以下)、臨時に支払われる見舞金など |
この金額は、会社がハローワークに提出する申請書に基づき行政側で確定されます。
残業代などの計上漏れは従業員の受給額に直結するため、賃金台帳との正確な照合が欠かせません。
担当者の「正確な転記」が、育休中の従業員の生活を支えることになります。
上限額・下限額にも注意
育児休業給付金には、毎年8月1日に改定される「上限額」と「下限額」が設定されています。
賃金が高い従業員の場合、支給額が上限で頭打ちになるため、2025年からの新制度であっても実質的な「手取り10割」に届かないケースがあります。
| 年齢区分・期間 | 項目 | 2025年8月改定後の金額(月額目安) |
|---|---|---|
| 全年齢共通(180日まで) | 上限額(67%) | 323,811円 |
| 全年齢共通(181日以降) | 上限額(50%) | 241,650円 |
| 出生後休業支援(28日間) | 上限額(13%上乗せ分) | 58,640円 |
| 全年齢共通 | 下限額(月額相当) | 90,420円 |
例えば、月収が一定水準(約48万円超など)を超える従業員は上限額が適用され、給付率が額面通りの80%や67%を下回ることがあります。
給付額のシミュレーションを行う際は、必ず最新の上限額を確認しましょう。
事前に「上限による制限」の可能性を伝えておくことが、従業員との期待値のズレによるトラブルを防ぐ鍵となります。
よくある疑問:育休中に一時的に出勤した場合の給与計算
人手不足が深刻な中小企業において、あるいは特定のプロジェクトを抱える専門職の従業員において、育休中に「数日だけ出勤したい」「短時間のテレワークを行いたい」というニーズは非常に高くなってきています。
これに対し、給与計算と給付金の関係を整理しておく必要があります。
給与計算はどうなる?
育休中に一時的な就労が発生した場合、その労働時間に応じた賃金を支払う必要があります。
計算方法は通常通りですが、実務上は支払額や勤務実態が「社会保険料の免除」や「給付金の受給」に影響を与えないよう、慎重に管理することが極めて重要です。
もし就労が定期的・恒常的になり、「育児休業の実態がない」と判断されると、休業そのものが終了とみなされ、社会保険料の免除が打ち切られるリスクがあります。
給付金を全額受給するための基準(月10日または80時間以下など)を遵守し、あくまで臨時・一時的な範囲に留めるよう適切に調整しましょう。
給付金は減額・不支給になる可能性がある
育休中に給付金を受け取りながら就労する場合、まずは「10日・80時間ルール」を厳守する必要があります。
- 就業日数の制限:1ヶ月の就業が10日以下であること
- 就業時間の制限:10日を超える場合でも、月合計80時間以下であること
また、賃金の支払いがある場合は「80%ルール」による調整が行われます。
給付金と賃金の合計が、休業前賃金の80%を超えると、その超過分が給付金から差し引かれます。
【実務上のポイント:全額受給できる賃金の目安】
- 給付率67%の期間:賃金を休業前の「13%以下」に抑える
- 給付率50%の期間:賃金を休業前の「30%以下」に抑える
このラインを目標に就労時間を調整するのが、給付金を最大限活用しつつ働くための「損をしない働き方」です。
従業員にこの仕組みを正しく伝えることで、無理のない復職準備を支援できます。
2025年以降の法改正と育休給与計算の注意点
2025年4月より、従来の給付制度を大幅に拡充する2つの新制度がスタートします。
これまでの給与計算や申請実務の常識が変わるため、事前の準備が欠かせません。
育児休業給付金の給付率引き上げ(手取り10割相当)
新設される「出生後休業支援給付金」は、従来の給付率67%に13%を上乗せし、合計80%を給付する制度です。
社会保険料の免除と合わせることで、休業前の手取り額が実質100%補填されます。
- 対象期間:産後8週間以内のうち、最大28日間。
- 主な要件:夫婦ともに14日以上の育休を取得すること(配偶者が専業主婦などの場合は単独取得でも可)。
- 実務の注意点:申請書への記載漏れがないよう、新様式への対応が必要です。
また、同じく2025年4月より、復職後に時短勤務を選択した際の賃金低下を補う「育児時短就業給付金(賃金の10%相当を支給)」もスタートします。
復職後に時短勤務を選択し、賃金が低下した場合に「時短勤務中の賃金の10%相当」を支給する制度です。
これにより、育休中だけでなく復職後の給与実務においても、給付制度との連携を意識した対応が求められるようになります。
まとめ:複雑な育休中の給与・社会保険手続きは専門家へ
本記事で解説した通り、育休中の給与計算は単なる「欠勤控除」の枠組みを大きく超えた複雑な実務です。
2025年の法改正は、従業員の生活を守る強力な支援策である一方、企業にとっては事務負担と正確性への責任がこれまで以上に重くなることを意味します。
最新の制度を正しく理解し、一つひとつの手続きを確実に行うことが、法的コンプライアンスの遵守はもちろん、従業員との強固な信頼関係を築くことにも繋がります。
変化の激しい時代だからこそ、正確な知識に基づいた誠実な労務管理を徹底していきましょう。







