従業員を1人雇うと、給与とは別にどれくらいのコストがかかるのか。多くの経営者にとって、これは常に頭を悩ませる問題です。
結論から言うと、社会保険料の会社負担額は、給与(額面)の約15%~16%に相当します。 月給30万円の従業員であれば、毎月約4万5千円以上。これが給与とは別にかかる「見えないコスト」の正体です。
一般的に「社会保険は労使折半(会社と本人で半分ずつ)」と言われますが、給与計算の実務を行うと「会社負担の方が重くないか?」と感じるはずです。
その感覚は正解です。
実際には、会社負担の方が大きくなる仕組みが存在します。この記事では、人事労務の専門家である社会保険労務士が、以下の疑問に答えます。ぜひ最後まで読んでいただけますと幸いです。
- 会社が負担すべき「5つの保険」とは?
- 「労使折半」は嘘? 正確な負担割合の内訳
- 【計算式あり】月給30万円の場合の具体的な会社負担額
- パート・アルバイトの加入義務と、逃れられない「法的リスク」
会社が負担する「社会保険」とは?5つの種類と全体像
私たちが普段まとめて「社会保険」と呼んでいるものは、法律上は5つの保険制度の総称です。 会社が負担するこれらの保険料は、会計上「法定福利費」と呼ばれ、義務付けられたコストです。
まずは、それぞれの保険の目的と概要を整理しましょう。
1. 健康保険(病気やケガの備え)
業務外での病気やケガ、出産、死亡に備える医療保険です。従業員本人だけでなく、扶養家族も対象です。中小企業は主に「協会けんぽ」、大企業は「健康保険組合」に加入します。
2. 厚生年金保険(老後・障害・遺族)
会社員が加入する公的年金です。老後の備えだけでなく、障害を負った際の「障害年金」や、万が一の際の「遺族年金」も含まれる、手厚い保障制度です。
3. 介護保険(40歳以上65歳未満が対象)
40歳になると加入が義務付けられます。健康保険料とセットで徴収され、高齢者の介護を社会全体で支える財源となります。
4. 雇用保険(失業などの備え)
いわゆる「失業保険」の財源です。それだけでなく、育児休業給付金や教育訓練給付金など、雇用の継続やスキルアップを支援するための保険でもあります。
5. 労災保険(業務中・通勤中のケガなどの備え)
正式名称は「労働者災害補償保険」です。業務中や通勤中に発生したケガ、病気、障害、あるいは死亡した場合に、従業員やその遺族に対して給付が行われます。従業員を1人でも雇えば、一部の業種を除き強制加入となります。
【一覧表】社会保険料の会社負担割合は?「労使折半」は本当か
「会社と従業員で半分ずつ(50:50)」というのは、制度の一部に過ぎません。
結論として、「雇用保険」「労災保険」「子ども・子育て拠出金」の3つにおいて、会社負担の方が重く設定されています。これが、経営者や人事担当者が「折半されていない」「会社負担の方が重い」と感じる理由です。
2024年(令和6年度)~2025年(令和7年度)の主な保険料率を基に、負担割合を一覧表にまとめます。
社会保険料 会社・従業員 負担割合一覧(2025年度基準)
| 保険の種類 | 従業員(被保険者)負担 | 会社(事業主)負担 | 合計保険料率 | 根拠・備考 |
|---|---|---|---|---|
| 健康保険 | 4.955% | 4.955% | 9.91% | 労使折半。 ※協会けんぽ東京(R7)の場合 |
| 介護保険 | 0.795% | 0.795% | 1.59% | 労使折半。 ※40歳以上が対象。 |
| 厚生年金保険 | 9.15% | 9.15% | 18.30% | 労使折半。 ※2017年以降固定 |
| 雇用保険 | 0.55% | 0.9% | 1.45% | 会社負担が多い。 ※一般の事業の場合 |
| 労災保険 | 0% | 0.3%~ | 0.3%~ | 全額会社負担。 ※業種により変動 |
| 子ども・子育て拠出金 | 0% | 0.36% | 0.36% | 全額会社負担。 |
参考:令和7年度保険料額表 東京(健康保険、介護保険)
参考:日本年金機構 厚生年金保険料額表(構成年金保険)
参考:厚生労働省 雇用保険料率について(雇用保険)
参考:厚生労働省 令和7年度の労災保険料率(労災保険)
参考:日本年金機構 子ども・子育て拠出金率が改定されました(子ども・子育て拠出金
健康保険料・介護保険料:原則「労使折半」
上記の表の通り、健康保険料と介護保険料(40歳以上65歳未満の場合)は、保険料の総額を会社と従業員で半分ずつ負担する「労使折半」です。
ただし、健康保険料率そのものは、加入している組織によって異なります。協会けんぽの場合、保険料率は都道府県ごとに設定されています。大企業が持つ健康保険組合(組合健保)では、組合ごとに独自の料率が設定されています。
厚生年金保険料:原則「労使折半」
厚生年金保険料も「労使折半」です。保険料率は2017年(平成29年)9月以降、18.3%で固定されています。これを会社と従業員が半分ずつ、それぞれ9.15%を負担します。
雇用保険料:労使で負担(事業主の負担割合がやや高い)
「労使折半」ではありません。 会社は、失業給付などの財源(従業員と同額)に加え、助成金などの財源となる「二事業分」を上乗せして負担しています。
労災保険料:全額会社負担(100%)
従業員の負担はゼロです。 これは、業務中の事故に対して会社が負うべき「損害賠償責任」を保険でカバーする性質のものだからです。料率は業種のリスクによって異なり、建設業などは高く設定されています。
子ども・子育て拠出金:全額会社負担(100%)
多くの経営者が見落としているコストです。 厚生年金に加入している会社は、年金保険料とは別に、児童手当などの財源となる「拠出金」を全額負担しています(従業員負担はなし)。
この拠出金は、従業員の給与明細には記載されない「会社だけが知るコスト」です。
【シミュレーション】給与別・会社負担額はざっくりいくら?
では、実際にいくら払うことになるのか計算してみましょう。 前提として、社会保険料は実際の給与額ではなく、区切りの良い等級表に当てはめた「標準報酬月額」で計算します。
「標準報酬月額」とは?
標準報酬月額とは日本の社会保険(健康保険・厚生年金保険)で保険料や給付額を計算するために使われる基準となる月額の報酬のことです。
健康保険料や厚生年金保険料は、従業員に支払われる「手取り給与」や「額面給与」そのもので計算するわけではありません。
「標準報酬月額」という、給与を一定の幅(等級)で区切った金額を基準にして計算します。


例えば、月給が29万円~31万円の範囲にある人は、全員「30万円」の等級として計算されます。
この「標準報酬月額」の決め方には、主に以下の3つのタイミングがあります。
- 資格取得時決定:従業員が入社した際、その時点の報酬(給与)に基づいて決定されます。
- 定時決定(算定基礎届):毎年1回、4月・5月・6月の3ヶ月間に支払われた報酬の平均額を基に、その年の9月から翌年8月までの1年間使用する標準報酬月額を決定します。
- 随時改定(月額変更届):昇給や降給により、「固定的賃金」(基本給や役職手当など)に変動があり、その後の3ヶ月間の平均報酬が従来の等級と2等級以上変動した場合に、改定が行われます。
「4月~6月の残業」が会社負担を激増させる?
標準報酬月額の計算基礎となる「報酬」には、基本給だけでなく、「通勤手当」や「残業手当」も含まれます。特に注意すべきは「定時決定」です。
4月~6月の繁忙期に残業が集中し、この3ヶ月間の残業代が増加すると、その後の1年間(9月~翌8月)の標準報酬月額が高止まりしてしまいます。
これは、従業員の手取りが減るだけでなく、会社の負担額(法定福利費)も1年間高止まりすることを意味します。 適正な人件費管理のためには、「4月~6月の残業コントロール」が極めて重要な戦略となります。
モデルケース:月給30万円(東京・協会けんぽ・一般事業)の場合
【前提条件】
- 従業員の給与(標準報酬月額): 300,000円
- 従業員の年齢: 35歳 (=介護保険なし)
- 事業所の所在地: 東京都
- 加入健保: 協会けんぽ
- 事業内容: 一般の事業 (労災保険料率は「卸売業・小売業」の0.3%を仮定)
【会社負担額の計算】
- 健康保険料: 300,000円 × 9.98%÷ 2 = 14,970円
- 厚生年金保険料: 300,000円 × 18.3%÷ 2 = 27,450円
- 子ども・子育て拠出金: 300,000円 × 0.36%= 1,080円
- 雇用保険料: 300,000円 × 0.95%= 2,850円
- 労災保険料: 300,000円 × 0.3%= 900円
👉 会社負担 合計: 47,250円 / 月
参考(内訳):14,970円(健) + 27,450円(厚) + 1,080円(子) + 2,850円(雇 0.95%) + 900円(労)
【従業員負担額の計算】
- 健康保険料: 300,000円 × 9.98%÷ 2 = 14,970円
- 厚生年金保険料: 300,000円 × 18.3%÷ 2 = 27,450円
- 雇用保険料: 300,000円 × 0.6% = 1,800円
(※子ども・子育て拠出金、労災保険料は負担なし)
👉 従業員負担 合計: 44,220円 / 月
参考(内訳): 14,970円(健) + 27,450円(厚) + 1,800円(雇 0.6%) = 44,220円
このケースでは会社の負担額(47,250円)は、従業員の負担額(44,220円)よりも月額3,030円多くなっています。
そして、給与30万円に対して会社が負担する47,250円は、給与額面の【15.75%】に相当します。従業員に30万円を支払うとき、会社からは合計「34万7,250円」のキャッシュが出ていくということです。
社会保険の会社負担に関するよくある疑問(FAQ)
Q1. 「社会保険料が折半されていない」と感じるのはなぜ?
A. その感覚は「正しい」です。会社は従業員と同額ではなく、それ「以上」を負担しているからです。
本記事のまとめとなりますが、理由は以下の3点です。
- 労災保険料は、「全額」会社負担であるため。
- 子ども・子育て拠出金も、「全額」会社負担であるため。
- 雇用保険料は、会社負担の割合が高く設定されているため。
これらの費用は、従業員の給与明細の「控除欄」には記載されません。そのため、従業員側からは「見えない」コストとなり、会社側との間に「折半のはずなのに」という認識のギャップが生まれる原因となっています。
Q2. 会社が社会保険に加入させてくれない・負担してくれないのは違法?
A. 明確な法律違反であり、経営リスクが極めて高いです。
法人の事業所(社長1人でも)は、社会保険への加入が義務です。「従業員が希望しないから」という理由は通用しません。未加入が発覚した場合、以下のペナルティがあります。
- 最大2年間の遡及徴収: 過去2年分の保険料(会社分+従業員分)を一括で請求されます。数百万円~数千万円単位になることもあり、倒産のリスクすらあります。
- 罰則: 悪質な場合、6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金。
- ハローワーク利用停止: 求人が出せなくなります。
現在はマイナンバー制度などにより、国税庁(給与支払い情報)と日本年金機構(加入情報)の連携が強化されており、未加入はすぐに発覚します。
Q3. パート・アルバイトの会社負担はどうなりますか?
かつては「週30時間以上」が目安でしたが、現在は「社会保険の適用拡大」が進んでいます。 以下の条件(いわゆる106万円の壁)を満たす場合、パートタイマーも加入義務の対象です。
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 月額賃金が8.8万円以上
- 2ヶ月を超える雇用の見込み
- 学生ではない
- 従業員数51人以上の企業
特に注意すべきは「5」の企業規模です。この基準は年々引き下げられており、最終的には撤廃(全企業対象)されることが決まっています。
- 2024年10月~:51人以上
- 将来:全廃(すべての企業へ)
「うちは小さいから関係ない」という時代は終わります。パート従業員の保険料負担増を見越した経営計画が必要です。
まとめ
本記事では、社会保険料の会社負担について解説しました。
本記事のポイント
- 負担額の目安: 給与額面の約15%~16%(見えないコスト)。
- 負担割合: 「労使折半」なのは健保・年金・介護のみ。労災・子育て拠出金・雇用保険の一部は会社が多く負担している。
- リスク: 加入逃れは違法。遡及徴収などの重いペナルティがある。
- 将来性: パートへの適用拡大により、会社の負担総額は今後も増えていく。
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